集まる祈り

弓弦羽神社の夥しい絵馬。

大半が

羽生結弦選手の活躍としあわせを祈願したもの。

日本語の中に混じって異国の言葉があり

多分、最近覚えたであろう日本語で

懸命に書き記したと思われるものもあり

前回ここへ来たときも

祈りがここに凝結している

ここだけが一種特異な空間を形作っている

そんなことを感じていた。

それは

単に絵馬の数が多いということではなくて

ここにある絵馬の祈りは

明らかに一つの方向を目指している

その向かうベクトルの先にあるもの

それをただ一人の人間に捧げたいという

共通した意志がそこにあるからなのだ

一つの意志が

この空間に

充満している

絵馬の数ならば

遥かに凌ぐところは日本中にある。

けれども、それがたった一人の人間のために

あるという

そんな神社は他にあるのだろうか。

あの夜

ヘルシンキの空に

世界中から祈りが降り注いだ。

ハートウォールアリーナを無数の祈りが包み込んだ。

ただ一人の人間のための幾万人の無私の祈り

そんな祈りを一身に集める人

何かを信じること、そのために一心に祈ること

それは

目に見えぬ、いわば空気を変える力を持つのだろうか。

2枚の絵馬とそれを取り囲む絵馬を見ながら

そんなことを考えていた。