「非婚化」と「3Dプリンタが家庭に普及しない」事と「先進国病」の共通した原因

今私は3dプリンタや3Dスキャナをいじって遊んでいるが、これを弄ってもう1年は経ったと思う。

家庭用が出て数年経ち、5万円でそこそこのものが買えるようになりCADソフトも無料で高性能なものが使用できる環境はすでに整っている。

しかし、家庭用3Dプリンタは普及せず精度面では頭打ちし多色出力がトレンドとなりつある。

これでは、趣味人のための玩具の領域を出ず家庭の必需品には程遠い。

更に一般の業者が業務に使う制度に耐えるほどの精度(つまり金属加工と同じ精度)が

望めるわけもなく、3Dプリンタはホビーを除き一般への普及の目途が立っていない。

ワンフェスではかなり普及しているという記事を読んだが、やはり手作業必須である)

あれほど騒がれたのになぜだ?

答えは「餅は餅屋」これに尽きる。

よほど特殊設計のもでは無い限り、専門家が設計した大量生産品の方が素人の自分が設計した物より性能が良いのだ。

「自分に機械を合わせる労力」より「機械に自分を合わせる労力」のほうが楽。

素人が設計する利点は「ワンオフで自分の欲しい用途に作れる」以外何もない。

結果として無駄の多い設計になることは目に見えているが、自分が満足すれば蛇足や余分はどうでも良いのだ。

自分専用を作るより、大量生産既の製品に合わせる方が楽

さて、先進国病というものがある。

デジタル大辞泉によれば

「成熟した資本主義国において、出生率の低下による社会の高齢化、社会保障費の膨張、産業の空洞化による失業率の上昇などを背景に低成長が続くこと。」

「成熟した資本主義」じつに良い言葉に聞こえるがこれが実に糞である。

これはつまり「分業が極度に推し進められた世界」と同義だと言えるからだ。

あらゆる物事に専門家が存在し、それぞれか商売で競争で争っている。

これらに素人は対抗できず、人は皆専門家に頼るようになる。

自分で対処するよりその時間働いて金稼いで、その金で専門家を雇ったほうが楽だから。

これは、企業レベルで言えば外注に他ならない。

もっと言えば派遣社員の利用もこれにあたる。

つまり、先進国病とは「個人スキルのドーナツ化現象」なのだ。

一人ひとりが一つの業務に特化して、それ以外は外注化する「分業が極度に推し進められた世界」=「成熟した資本主義」そのものが問題なのだ。

「分業が極度に推し進められた世界」のどこが悪いのかと思う人もいるかもしれない。

素人仕事より既製品でも専門家のほうが良いではないか と。

この疑問は「イノベーション」を知れば分かるだろう。

グーグルに尋ねればイノベーションとは

「(経済発展の一因としての)技術革新」とあるが、オリジナルの意味は違う。

提唱者ヨゼフ・シュンペーターイノベーションとは「破壊的創造」と言っているそうな。

この破壊は技術に限らない。

私の危惧する一例を上げよう。

髭剃りで有名なジレットの創業者キング・ジレットは師に「なんでもいいから使い捨てなるもを作れ」という助言を得て替え刃髭剃りを苦心の上で考案した。

彼は、これは売れると思ったらしいが最初一般受けはしなかった。

刃物は高価なものであり、皆髭剃りを研いで大事に使っていたから。

「使ってくれれば良さがわかる」とキング・ジレットは兵士の装備として採用するよう働きかけ見事採用、良さを知った兵士は帰国後もジレットの替え刃髭剃りを使用しジレットの事業は成功し今でも続く大企業になりました、めでたしめでたし。

この時創造されたのは「使い捨て刃の髭剃り」

破壊されたのは「物を大事にして使う道徳」

イノベーションが破壊するのが他社の商品や市場だけではない、精神も破壊するのだ。

さて、戦後から高度経済成長を経て長い停滞に苦しむ日本は多くの産業に満ちている。

この産業はどれほどの「道徳」を破壊してきたのだろう?

すでに経営者の道徳は破壊されている。

大量生産初期の経営者「サミュエル・コルト」や「ヘンリー・フォード」は従業員を厚遇していた。

コルトは当時としては良い福利厚生、フォードは自社の自動車を購入可能な賃金が知られる。

いまではどうか?大量生産する企業は、より安くを目指し海外で安い労働力をしようしている。

期間工を雇い従業員の生活の安定は見込めない。

企業で起きている道徳の変質が、個人でも起きているのだ。

これは「夫婦」という形にも大きな変化を起こしている。

家庭維持の仕事の「専門家への外注化」はより多くの賃金を必要とする。

結果、長時間労働や共働きの温床となり家事に割り避ける時間は減少し専門家を使用する必要に迫られ更に賃金のために働く必要となる。

家庭いる時間が減少すればするほど結婚する理由が無くなっていく。

むしろ外注費用が一人分から二人分に増えるだけで負担にしかならない。

男女が一緒にならないのだから子供ができない。

子供がいないから人口が減り市場が縮小し経済は衰退する。

経済が衰退するから税収も減る。

そして一番糞ったれなのは、これらサービスは既製品て大量生産品なのだ。

周りの者すべてが既製品で固められてしまった個人に、個性を出すことはできるのだろうか?

むしろ、そういったサービス前提で話が進んでしまって個性をだして「効率が悪くなる」事を社会は認めるのだろうか?

そうでないことは、就活生のテンプレ服装などを見れば分かるだろう。

そして、子供とは効率を追求出来ないものだ。

子供の成長はそれぞれ異なる上、そもそも子供に「経済的に効率的な人間になって欲しい」などと願って育てる人間はごく少数だろう。

短期的な視点で見れば、子供は経済的に負担でしかないのだ。

国は育休などを進めているが、あまり普及しているとは聞かない。

今や子供は「雇用主に迷惑かけないで済む」ほど有能な人間にゆるされた特権に近いのだ。

この様に経済的に最適化された社会(成熟した資本主義な社会)では個人の自由の幅が恐ろしく制限されており、自由を得るためには金が必要で、その金を得るために労働時間は伸び、労働時間を捻出するために家事を外注するので金が必要になり更に労働し・・・という金を軸にした負のスパイラスに陥っている。

この負のスパイラルから抜け出すためには金という軸から手を放す必要があるが、放した途端すべてのサービスが受けられなくなる。

今の個人にすべてのサービスを無くして生きていくのは非常に困難だ。

(例えば、派遣で雇われるにはスマホが必須だったりすることがある)

その困難を克服したときに、つまり個人の能力が外注を超えた時に

先進国病は治癒し、非婚化は解消されるだろう。

その「個人の能力を高めるためのツール」の一つが3Dプリンタであり、これを万人が楽に使いこなせたときに人は金という軸からすこし手を緩めて個を出して生きていける人間らしい生活を取り戻せるのではないだろうか?

うわぁ 思いつくままに書いたけど長い!