嘘吐きの末路

僕の毎日は誰のものでもない。

僕のものでもない。

「おはよう。今日はどんな嘘を吐こうか」

僕は毎日鏡の前で呟く。

鏡の中の僕は何も言わずに笑っているから、僕はいつもの嘘を吐くことを決めた。

ああ、毎日つまらない。

ああ、毎日無駄だ。

いっそ死んでしまおうかと思ったこともある。

だけど、なんだか違うような気がして、いつも刃物は刺すことも切ることもできないし、紐は僕の首を絞めない。

当たり前のようにバス停に向かう。

急に、雨が降り始めた。僕は何かのまじないのようにいつも傘を持っているから、何の支障もないと思いながら傘をさす。

その瞬間だった。

気配を感じて右横を見ると、さっきまではいなかったはずの少女がいる。

少女はずぶ濡れになっていることを気にもせずに僕を見ていた。

まるで死んでいるみたいな少女の肌は僕の何かを動かした。

「傘、あげるよ」

少女は僕を見たまま、傘を受け取り、ただ笑って立ち去っていった。

その笑顔は本当に笑っていたのかどうか、僕にはわからない。

だけど、少女の後ろ姿を見ていると、僕はいてもたってもいられなくなっていた。

ほとんど衝動的に行動。

少女の腕を掴み、待って、と声をかけた。

少女の腕はとても細くて硬く、折れそうだった。

振り返った少女は不思議がることもなく、僕に微笑みかけた。

ああ、これは本当に笑っているわけじゃない。

直感的に思った。正解かどうかは重要ではない。

それから僕らはたくさん話をして、僕は少女を知った気になっていた。

少女には兄がいること。

少女は僕と同い年の17歳ということ。

少女が通っている学校名を僕は知らないこと。

少女の肌はとても綺麗だということ。

そんなことしか知らないのに、僕らはその日から毎日バス停で会って、僕も少女もバスに乗らずに話をした。けれどお互い、何か重要なことは話していないような気がしていた。

僕が嘘吐きだということ。

少女の着ている制服はきっとこの辺の学校ではないこと。

僕が本当は消えてしまいたいと思っていること。

少女はきっと親がいないこと。

核心的な話なんだろうと思う。

だけど、僕らはそれを避けている。

重要だと思っていない?言いにくい?興味がない?

そのどれも違う。

僕らは、僕らしか見ていないんだ。

好き?

好きってそもそもなんだろう。

僕はいつも自分にも他人にも嘘を吐いていたから、少女にも平然と嘘を吐くんだろうと思っていたのに、存外正直に話をしていた。

いつも寂しいこと。

いつも虚しいこと。

いつも苦しいこと。

できれば今すぐ逃げ出したいこと。

少女はいつも黙って僕の声に耳を傾けて、

「わたしも同じ」

と言ってくれた。そんな少女に僕は甘えていたのかもしれない。

ある時突然、彼女と会えなくなってしまった。

僕は毎日バス停に立って、2本バスを見送って、学校に行くようになった。

それでも少女が現れることなく、僕は毎日少女を待ち続けた。

もう二度と会えないかもしれないのに。

もう一度会いたいと思う気持ちが止められなかった。

僕は少女をなんだと思っているんだろうか。

彼女ともう一度会えたのは、会えなくなってから1ヶ月後。

また、雨が降り始めた時だった。

「助けて、わたし、もう、ダメかもしれない」

血まみれの少女は僕にしがみついて言う。どうしてなのか理由を聞くことができず、ただ腕を引っ張られるまま、少女についていった。

ついた先はマンションの一室。

少女が垂らした血なのか、玄関が血だらけだった。

そのまま、部屋の中に進んで行くと男が寝ていた。

「生きてるの?」

「気絶してるだけ」

「それで、これどうしたいの」

「殺したい」

「なんで」

そこでやっと理由を聞くことができた。

少女は何も言わない。

だけど、僕の答えは決まっていた。

「そこに、あるから」

少女が指差した先にはバットがある。これで、殺せということなんだろう。

よく見たら血がついているから、少女もこれで男を殴ったのか。きっと、兄と言われていた男なんだろうと思う。少女によく似た、白い肌の男。

僕はバットを手に取って、立ち尽くす。

何も失うことはない。どうなったっていい。少女がいてくれたら、それでいい。

そうだ、僕は少女に聞きたいことがあったんだ。

男が目を覚ましたようだった。

ゆっくりと立ち上がる男は僕を見て笑う。

「お前も、こいつにまやかされたのか?」

男は思いの外すぐに死んで、目の前には少女がしかいない。

「名前は知らないの。お兄ちゃんはいつもわたしをさっちゃんって呼んでいたけど、それが本当の名前からきているのか全然わからない」

真っ赤な景色の真ん中に少女と僕がいて、誰も入り込むことはできない。

この先どうしようなんて考えてもいなかったけど、少女が何か言いたそうだった。

「あのね、お兄ちゃんが言っていることは間違いじゃないの。わたし、血が、飲みたいの。お兄ちゃんの血を今まで飲んでいたんだけど、それでも、段々足りなくなってきて、それで、お兄ちゃんはわたしを殺そうとしてきて…」

「今も飲みたい?」

少女はゆっくり、頷いた。

それは、僕の何かを試しているみたいだった。

目をじっと見つめ、僕に預けた「血を飲みたい」という言葉の在り方を探していた。

「僕を殺していいよ」

「何言ってるの?」

「大丈夫、僕が消えたって誰も困りはしない」

「わたしが困る」

少女の困った顔は、僕の穴を埋めてくれる。

僕は少女のことが好き?

好きってなんだろう。

少女に聞いてもきっと知らないんだろうな。

「飲んだら、僕は君の全てになるんだよ」

名前も知らない。

何も知らない。

だけど僕は初めて会った時から、少女の一部になりたかった。

その欲求は日を追うごとに激しくなっていたから、今のこの状況は僕にとっては都合の良いことだという事実は少女には秘密だ。

ゆっくりと、少女の顔が僕の首筋に近寄る。

甘い香りがした。

今まであんなに話していたのに、少女の香りを知ったのは今が初めてだ。

ああ、こんなに良い香りがするのなら、もっと嗅いでおけば良かった。

そんなことを思う僕はバカなんだろうな。

鋭い、痛みが走る。

ああ、甘い。

こんなに甘い香りに包まれて意識が遠のくなら、僕は今が一番幸せだ。

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