飲酒欲求なんかありません。

今、過去をずぅと振り返ってみると、マッキーのお酒の飲み方は普通の人となんら変わりはなかったような気がしますね。適度に飲んで酔った頃には眠っていました。マッキーの周囲の人が言ってた事は「お前は強いなぁ」と良く言われていたのです。実際にマッキーも自分で『強い』と思い込んでいました。施設では「飲んではいけない」と言う規則がなかったので、気の会う友達と晩酌を楽しんでいました。それこそ、テレビをつけてはアニメ(北斗の拳)や野球中継を見ながら楽しく飲んでいたのです。この頃のお酒の飲み方は身体には影響はありませんでした。そして、段々と深酒の世界に入っていったのです。一定の量では物足らなくなって深夜まで飲むようになっていたのです。

ある日、隣の部屋のオッちゃんと日本酒を飲み交わしていたのですが、焼酎と違ってアルコール度数が低かったので、どれだけ飲んでも酔いがなくて一升瓶を1本空にしていたのです。次の日酷い二日酔いになっていて頭がガンガンしていて、仕事をしようと思ってもあまりの二日酔いの酷さに寝込んでいたのです。そんな所にオッちゃんが部屋に入って来て、「二日酔いのようだな。焼酎を1合飲むと治るから飲んでみろ」と言われたので飲んでみました。それが不思議なもので、飲んだら頭の痛みはパッと消えていたのです。それが癖になって少々飲み過ぎても「朝の1合があるから、かまわん」と思って飲んでいたのです。その行動は正に今思うと『アルコール依存症』の前ぶれだったような気がします。ですが、そんな知識を持っていなかったマッキーは容赦なく飲んでいました。周りの人達から「アル中」などと言われてはいたのですが、まったく忠告を聞いていませんでした。

お酒の味を本格的に覚えたのは22歳の頃だったと思います。ビールもキリンのラガービールが美味しくてたまりませんでした。他の会社のビールは味が薄いと思っていたし、焼酎も米焼酎をこよなく愛していました。焼酎の銘柄に『あまくさ』と言う米焼酎があって、それをほとんど飲んでいましたね。それも24時間身体からアルコールが切れる事なく。専門用語で言うと『連続飲酒』です。

連続飲酒が始まって1年後血液検査を受けたのですが、肝機能の数値が異常になっていてさすがの看護師さんもビックリされて病院に連れて行ったのです。外来で肝臓専門医に掛かって即入院と言われた時には何のためらいもなく入院させてもらいました。入院して2週間もすれば身体も元気になり、受け持ち看護師さんや看護学生さんに頼んで車椅子に乗せてもらって散歩をしていたのを思い出します。

退院して施設に戻り、仕事はしていたのですが、マッキーの飲酒問題が施設で公になって施設長と喧嘩をして、施設を辞めたのです。そして無謀とも言えた自立生活を始めたのです。これまでいろんな経験をしてきました。イヤな経験も山ほどあります。だけど、その経験があったからこそ今の生活があるものだと思いますね。病院に繋がった事が一番の救いになったとも言えるし、あんなに行きたくなかった自助グループのミーティングに積極的に行くようになったのも大きいと思います。

ドクターAに「今度もし、飲めるという時期が来たら何年後ぐらいかなぁ」と聞いた事があるんだけれど、その時にドクターAがマッキーに言った事は「飲んで来た年数×30で計算してごらん」と言われて計算してみたら、マッキーが一度この世を去って生まれ変わってからしか飲めない計算になります。

今のところ飲酒欲求なんかありません。この調子を維持していきたいものです。