朝鮮半島情勢による目くらまし

安倍昭恵夫人と元夫人付秘書を告発 国家公務員法違反疑い

(dot. - 04月19日 13:43)

YARIS-WRC その7

あと1ヶ月きりました・・・

間に合うのか?

ガンバると言う言葉はキライなので、

「楽しめ!」と自分を励ます・・・

ヤリス君

下地作ります。

レビンとセリカはポリカ用の白を

吹きましたが、今回上塗りでは

初となります、ラッカ−系の

ホワイトサ−フェイサ−を使ってみます。

はたして上手く食い付いてくれるでしょうか!?

はい、こんな感じ・・

まあ大きくボディを曲げたりしなければ、

パリっとはいかないはず・・・

いつもそうですが、サフかけると

ダメな所が沢山出てきますね・・・。

ここで直すか、先に進むか・・・

最後はマ−キングで隠れてしまう所も

あるし、・・・最終塗装までこのまま

進む事にします・・・

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『幸せの扉を開く29のカギ 一生感謝』読書感想文

ジョン・クゥアン著 吉田英里子訳

 バリバリクリスチャン専門書の感想を書くのに、

仏教の考え方から入るというのはいささか乱暴だけど、許されよ。

 仏教の祖である仏陀は、僧になる以前、

小国とはいへ、一国の皇子だったといわれている。

その皇子が興味本位に外の世界を冒険してみて、

世の中の有り様に愕然としたのが、僧になるきっかけだったそうだ。

 彼は王宮にあって、さまざまな教養ある御仁から、

「人はそのなすことによって、未来をもたらす。」と教わった。

「悪さをすれば、不幸に見舞われ、善行に励めば幸を得るのだ。」と。

 ところが実際の現場は、ただそこに要るだけで疎まれたり、

身分が低いというだけで、処遇に差が出るという。

悪や善行とはもっと別な世界だった。

 仏陀は、病弱なのにもかかわらず、

苦行に励み、あらゆる名のある人の教えを聞いたのちに、

何も得るものを得ず、

むしろ、世にあるすべては「受け入れるべきもの」という結論にたどり着いた。

 世に数ある宗教のうちで、およそまともな部類のものならば、

「信じれば災厄は来ない。」とは教えない。

 「災厄は来る。しかし、信じるなら、それに耐える力や、

打ち負かす能力を見出す。」と教えているはずだ。

 年の初めや厄年に厄払いをするのだって、

それ一回ですべての厄がもう一生来ないなんて思ってはいないからこそ、

毎年参るのだし、厄年は何度もやってくる。

 どんな生活をおくる人でも、

微塵も不安や憂いや不満を持たないなんて人は、いないものと思われる。

となれば、後は量の問題か?

しかし、その量計器のバネは人によって強さが違うと来ている。

 その量計器のバネが弱い人にとって、この本は、救いになるだろうか?

示しになるだろうか?バネの力を強める助けになるだろうか?

 正直な読後感からいえば、

よくある人生論のエッセーのひとつ。という印象だった。

自慢じゃないが僕は非情にバネが弱い部類の人間だ。

 数々と書かれた「誰それ」の体験談に関して、僕が感じたのは、

「その人はそうゆう人生だった」という感慨だけだ。

ちょっとした場所の違い、周りの関係者の違いで、

圧倒的に多くの人が「誰それ」と同じ考え方をしても、

不幸のまま一生を送っている。それが現実だ。

 偶然なのか、神様の計らいなのか、

僕はこの本を読みながら、同時に、塩野七生の『ローマ人の物語』と、

マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』を読んでいる。

 価値観のモノサシがまったく違う国同士が

自分の価値観を押し付けあった時代と、

価値観のモノサシがまったく違う人同士が

その価値観に折り合いをつけ、

あるいは、その価値観は価値観として認めながらも、

人の価値観を踏みにじらない「正義」を模索する時代。

 旧約聖書詩篇23篇4章にこう書いてある

「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、

私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。」

 この詩を読んだダビデも、

実際には、数々の困難に嘆き苦しみ、たまには、愚痴さへ言っている。

 いや、それどころか、キリスト教徒にとって

もっとも、大事な存在である、イエス・キリスト自らが

「なぜ私をお見捨てになったのですか?」と神に問うている。

 医者の前に座って、自分の何処に問題を感じているのか、

何も言わない患者というのは、いないだろう。

見た目でわかる病状や怪我でも、

医者は、本人か状況を知っている人に聞くのが普通だ。

「骨は折れていますが、痛くないです」なんて患者が言い出したら、

医者は別の病気を疑おうってもんだ(^^;

 そして医者は、自分の症状を訴えれば、

怪我ならば欠損していないかぎり、

たいていの場合はある程度まで、直してくれるし、

病気でも治し努力をしてくれる。

 でも神様ってどうだろうか?

 今日の晩飯代がないので工面してください。とお願いしても、

何も出てこないのが現状だ。

たまたまイエス様の時代に生きて、

5000人分の1になれた人はラッキーだったね。

 もしこれが結論だったら、

僕はクリスチャンなんかをやっている資格はない。

 仏陀も、マイケル・サンデルも、

今生きている、いわゆる「この世」での生き方を模索し、

答え出せないでいる。

 でも、我々クリスチャンのゴールはそこだろうか?

 言わずもがなだが、もっと別のところにある答えやゴールは、

「かもしれない」や「再発の恐れ」や

「これが限界」なんて、辞書には載ってない。

 我々に与えられている、今を生きることとは、

初めからわかっている答えに向かうだけの、

障害物競走みたいなもので、こんなありがたいことはない。

 確かに途中の障害はやっかいだし、文句も愚痴も出るけど、

ゴールに向かう気さえあれば、

そこがゴールで無くなるなんて心配も、時間切れも無い。

そんなゴールを用意をしていくださっているから、

だから、やっぱり感謝なのだと思う。

 つまり、この『一生感謝』って本は、それを再認識させてくれたってこと。

こんにちは今日はリハビリに行って来ましたよ

あまりに腰が痛かったので腰の辺りに痛め止めの注釈打ってもらいましたよ

今の所は腰の痛みは納まってますよ

今雷がなって来ましたよ今日は天気が変わりやすいって天気予報で言ってましたからね

披露宴で新婦とデユエット〜バスの福田さん

「ススキーノと共に」のゲストは、今年1月にススキーノに入団したばかりのバスの新人・福田俊也

さんでした。

昭和34年新十津川町生まれの57歳。

札幌北高から北大文学部(心理学専攻)を卒業して道職員となり、最初の任地・網走管内常呂町

青年団の仲間に誘われて合唱大会に参加したのが音楽との出会い。

以来、地域イベントなどで歌ううちに混声合唱にはまり、小樽市に転勤となった時には小樽合唱

連盟の理事長あてに「合唱団を紹介して下さい」と手紙を出して入団したのが「丘の上合唱団」で

した。

28歳の時に北大の同期生・とも子さんと結婚。披露宴で新婦と井上陽水・安全地帯の究極のラブ

ソング「夏の終わりのハーモニー」をデユェットして大喝采を浴びました。

その後、美唄市苫前町などを経て札幌勤務となり、再び「丘の上合唱団」で歌うために、とも子さ

んと小樽通いをしてきましたが、10年ほど前に退団しました。

今年1月に偶然「ススキーノ」のホームページを見て練習を見学し、初めて男声合唱の重厚な

ハーモニーに惹かれて入団したのです。

ススキーノは6月11日の単独コンサートに向けて、猛練習中。4月29日には定山渓の研修施設

で合宿もあります。

難曲と言われる男声合唱組曲「沙羅」、オペラ曲「ナブッコジョン・レノンHey Jude」そして、中島

みゆき「時代」、井上陽水「少年時代」を注目の作曲家・直江香代子さんの編曲で初演することに

なっています。

福田さんは「大好きな井上陽水男声合唱で歌えるなんて夢のようです」と興奮気味に話してくれ

ました。、

家族頑張れ

うちの、癌の母親も、何だかんだで生きてる。足腰は弱くなったけど、表町で頑張ってラーメン食堂してる。家賃は高いけど、頑張ってる。私はバドミントンの練習が減ってしまい、しかし、家の用事はなんとかしてる。しかし、仕事でこの一年間が勉強会担当が苦痛。だから、咳も治らない、精神的かあ、笑、今日風がきついなあ。息子は、高校生になって、なんとか、早い時間自転車で50分、通学してる。でも、私にはこの二人がいないとたぶん、頑張る気力がなくなるなあ、大変だけど、養います

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私のこだわりカレー

地元の肉を使ったこだわりカレーです(^-^)

私の家族やじいさんばあさんも私のこだわりカレーは大好物です。じいさんは元々市販のカレーやカレーは嫌いで食べない方でしたが、私の手作りのカレーは美味しいとよく食べてくれるので嬉しいです!